静岡天満宮の所蔵品
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1.静岡天満宮の定例祭祀

祭祀

2.静岡天満宮の祈祷

■ 合格祈願祭(主に学校受験)
12月~3月7日までは9時30分から4時まで随時行います。【初穂料:5,000円】

■ 合格奉告祭(合格したことを天神様に感謝をこめて報告し、今後も見守っていただくことを祈願するお祭りです)
3月、4月の25日と土、日曜日の午後1時に行います。【初穂料:3,000円】

■ 就職・就業祈願祭
平成22年2月より毎日曜日の午後2時に執り行います。【初穂料:5,000円】
*上記以外の日は事前にご連絡いただければ適宜執り行います。

■ その他祈祷
事前予約連絡いただければ執り行います。( 資格試験合格祈願祭、初宮参祈願祭、七五三祈願祭、厄除厄払祈願祭、地鎮祭、他)

3.静岡天満宮で「厄除け祈願」

人間は成長の過程で、ある年齢に達すると身体的、精神的に一つの変革の時期を迎える。この変革の内容は男女の体質などの相違などで異なるが、日本人はこの時期を「厄年」として、古来のいろいろな文献に」記されている。

民間では特に男子は数え年二十五歳、四十二歳、六十一歳。女子は十九歳、三十三歳、三十七歳を「大厄」と称して、生涯最も警戒すべき年齢としている。
 この年齢の時期に、どんなに本人が注意していても「運命のいたづら」で予測されないことに遭遇する場合がある。理屈では割り切れないこの「運命のいたづら」を何とか避けたいと思うのが人情である。

あれほど超異的な学才の持ち主である天満宮の御祭神であられる菅原道真公も、四十二歳の大厄の年(八八六)の正月一六日に、これまで順調に進んでいた世界から、一切の官職を外されて、都以外の生活をしたことのない道真公は、突然四国の讃岐の国司へと転勤させられた。本人は全く予想もしていなかった為、意気消沈、失望落胆してしまった(菅家文章巻三)。世間の人は「道真公は左遷された」(菅家文章巻三)と噂した。
華やかな宮中の生活から、一転して海を渡った地方の生活をすることになった。四十二歳という年が道真公にとって、どんなに悲しい年であったかは、この時期の作品にかなり述べられている。やはり四十二歳は道真公にも「大厄」であった。
 
民間では、この年齢に「厄を除く」「厄を落とす」と言っていろいろな習俗が存在している。所詮、弱い人間が運命のいたづら(災厄)から逃れるには理屈を超えて、神に祈り神にすがり神様に守ってもらう以外にないのである。
 その後、右大臣にまでなった道真公は、藤原時平の陰謀による無実の罪で大宰府に流され、無念に大宰府で生涯をとじるがその怨霊は雷神となって公をおとしいれた貴紳に災を与えると同時に、自らの心の災厄を祓ったと言われ、「祟り神」から「厄除けの神」に変身するのである。もともと日本には災厄をなすものは、それを祀ることによって逆に災厄の「守り神」になるという宗教思想があり、鬼子母神信仰も同様である。
 
京都北野天満宮では、毎月六月一日に近郷近在の人々、氏子が集まり、災厄を祓い幸せを求める祭典「火雷神祭」が斎行されている。

近年、厄除祈願のため、当神社を訪れる方が増えて参り、当天満宮でも御祭神との関わりを調べ「災難除け」の神様でもあることから、北野天満宮に倣って、同じ御祭神菅原道真公を祀る静岡天満宮でも、人々が厄を除いて安寧な生活が営まれるように、希望の方に「厄除け」「厄払い」の祈願祭を斎行している

4.神様への祈(い)(願(のり))と感謝(いやび)の心

「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ」(御成敗式目)
※御成敗式目とは鎌倉時代の基本法典であり「成敗」は「裁判」「式」は「法律」、
「目」は「条文」のことです。

私たちのご先祖は日々の生活の中で八百万(やおよろず)の神様に事の始めの「お願い (祈願)の祈り」と事の終わりの「お礼(感謝)の祈り」をして暮らしてきました。

神社へのお参りは心身を清浄にして、神社に御鎮座しておられる神様にお願いごとをする、丁寧には神官に「お願いの祝詞(のりと)」をあげていただく「祈願」と、それが叶った時には神様にお礼をする、丁寧には神官に「感謝の祝詞(のりと)」を報告していただくことです。そしてその時にまた新たなる立志発願をして私たちは心の中に神様と共に暮らしているのです。

神社は人々が清き心で神様と接し、神様と人との間で「祈願」「御神徳」「感謝」とが循環(じゅんかん)円環(えんかん)し繰り返されている神聖な場所なのです。
神様は人々の正しい立志発願であれば応援して下さります。
世の為になる立志発願であればお喜びになられ御神徳を頂けます。
そして願いが叶ったらお礼(感謝)のお参りをすることも大切なことです。
たとえば「合格奉告祭」は神様に合格を御礼感謝すると共に、これからも健康で立派な成績を上げられる様にお願い(立志発願)することなのです。

感謝する心を表し祈ることにより神の御稜(みい)威(つ) (御神徳)は益々高まります。