梅風講
静岡天満宮の所蔵品
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1.梅風講社

 (宗)静岡天満宮には信教の自由等の理由で氏子地域には氏子になっている個人の 住居はありません。神社の周辺には、銀行・会社という法人のみです。従って静岡天満宮が宗教法人としての組織を構成するために、氏子地域を超えて広く静岡天満宮を崇敬する法人および個人に参加していただき、一つの集団を形成しています。その集団を「(宗)静岡天満宮梅風講社」(梅風講)と称しています。この組織が静岡天満宮を宗教法人とする母体です。梅風講は静岡天満宮の後援団体的組織です。どなたも自由に参加できます。
 メンバーは現在50名(社)ほどで東は清水、西は藤枝までの方々が参加しております。広くは、東京や滋賀の方も参加しています。 会員は特別会員・普通会員の2種類です。

 政令指定都市誕生を機会に、天神社の少ない清水区(旧清水市)をはじめとして静岡県の広い地域の方々には是非静岡天満宮を崇敬してご参加していただきたく思います。新しい静岡市の「静岡天満宮」にしていただくことを切に望む次第です。

2.梅風祭

梅風祭とは毎年斎行する(宗)静岡天満宮の例祭(6月25日)に合わせて行われる「梅風講社」のお祭りです。「梅風講社」のメンバーの皆様には毎年梅風祭後、御祓いいたしました種々の記念品(守護札他)を差し上げております。(梅風講社入会希望者はお申し出下さい)

3-1.菅原道真公の心(社頭講話)

さて静岡天満宮の御祭神で在られます菅原道真公について少しお話したく思います。実は今日は道真公生誕1170年なのです。道真公は承和12年西暦845年6月25日にお生まれになりました。幼い時から学才があり5歳で和歌を詠み11歳で韻をふんだ漢詩を詠んだそうで17歳で文章生となり、今でいうと東大京大の大学院生となるという秀才のようです。その後、秀でた学識が認められ宇多天皇により右大臣に昇格しました。道真公はどちらかというと人脈策略政治家ではなく真面目一方の学者政治家であったようです。その一面をうかがわせる和歌があります。
「心だに まことの道に かなひねば いのらずとても 神やまもらん」
祈らなくても良いと言っているのではなく、人には普段から誠を大切にしなければならないと、道真公の本心をあらわしていると思います。
しかしながらこの時代は天皇家の外戚や摂関家になろうとの政治的策略の時代でした、例えば「承和の変」に橘氏・伴氏、「応天門の変」に伴氏、さらに後に「安和の変」に源氏の排除など様々な政治的陰謀時代であった中で、道真公は真の道で政治に挑んでいたと思います。また、宇多天皇も道真公のその学識と誠に信頼をおき、当時の藤原氏の台頭をおさえようと道真を右大臣に任命したのですが、藤原氏の策略政治の前には勝てず無実の陰謀のもとに延喜1年西暦901年に大宰府に流され道真公は政界から排除されてしいました。
その時の和歌が
「東風吹かば にほいをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
この歌は一見梅の花をいつくしむやさしい歌のようですが、実はこの歌の中には、自分のまことの生き方をしてきたのに下野・・・なぜという「悲しさ」「悔しさ」「恨み」が込められていると思います。その二年後の延喜3年西暦903年59歳で亡くなられます。
道真公は生涯まことの道で生きてきたからこそ、無実の罪をきせられた陰謀を許すことはできず、怨霊信仰の祟神として雷神となり宮中に落雷したと私は思っています。その後、道真公の無実がわかり「祟り神」は変身し、「厄除けの神」になさらに偉業の学才から「学問の神」となり日本の人々に崇敬されていると私は思います。
このような道真公の「まことの道」は現代社会において忘れがちであります。
人が人として生きていく行く上に於いて仕事や私生活何をするにつけてもこの「まことの道」は大切な天(神様)の道ではないでしょうか。

3-2.「日本の心と神社」(社頭講話)

 皆さんこんにちは、日頃から勉強に勤しみ励んでおられる受験生の皆様並びにご家族の皆様、静岡天満宮へのお参りご苦労様です。皆様の希望が叶いますことを祈念しております。

今日は「日本の心」について、お話してみたいと思います。日本の心は遠い昔から神社などを通して日本人の精神文化として受け継がれてきましたがどの様な心なのでしょうか?。
それを知るには、私たち日本人がどうして神社に参拝に行くのかを考えると解ります。(なぜ神社にお参りするのか)、それは私達のご先祖が心の中に神様と共に暮らし続けてきた長い歴史があるからだと思います。私たちのご先祖は遠い昔から、日々の生活の中で事ある毎に、神社などにお参りをして、神社にお祀りされている八百万神様に「事の始めの祈り」と「事の終わりの祈り」をして暮らしてきました。このお参りの中にこそ「日本の心」が込められているのではないかと思います。そしてヒントは日常の言葉の中にもあります、「もったいない」という言葉です。この言葉は英語などの外国語ではうまく表現できないようですが、私たちは、この言葉そのもので意味を理解できます。ご飯を食べ残すと「もったいない」それは「ご飯」というものが、自然から頂く恵みであり、そしてお百姓さんが一生懸命作ってくれたものだという連想につながり「感謝」と「恩恵」の気持を感じる事が出来るからだと思います。そして「お蔭さま」という言葉も外国語でうまく表せない日本語です。これは私たちが生きているのは決して自分だけで生きているのではありません。食べ物は自然の恵みすなわち他の生物の命をいただいて私たちは生きています、そしてお父さんお母さんをはじめ周りの人々の目に見えない助けによって生きている事への感謝と恩恵の心が込められている、と思います。

さらにおじいちゃんやおばあちゃんに「誰も見てないからといって悪いことしちゃダメだよ、お天道さまがみてるよ」と子供の頃よく言われました。この"お天道さま"って何でしょうか? 
私は自然の中にいらっしゃる八百万の神様やご先祖様だと思っています。そしてこのお天道様は、私たちの周りに、何処にでも何時でもいらっしゃるという事です。それは言い換えれば自分の心の中にいらっしゃる事なのだと思います。それによって自分が自分を道徳的・倫理的に律することができるのだと思います。このように自然物の全てや先祖の繋がりや家族そして周りの人々と共に生きている、さらに言えば「生かされている」という事に感謝と恩恵の心を持つことが「日本の心」ではないかと私は思っています。その感謝と恩恵の心をもっているがゆえに日本人は個人主義にはならず共同体社会での「和」すなわち共存・共生・共栄・共助・協調・調和・信頼の人間関係と秩序を、細かな法律を作らなくても、ごく自然に築く事が出来ると思います。まさにこれが「日本の心」であると思います。神社はこの日本の心を伝え続けているところなのです。

神社は人々が清き心と敬う心をもって神様と接し、神様と人々との間で「御神徳の敬と感謝と願い」の祈りが繰り返されている神聖な場所なのです。神様は人々の正しい立志発願であれば応援して下さります。世の為になる立志発願であればお喜びになられ御神徳を頂けます。鎌倉時代の御成敗式目の前文に神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふとありますように神様に感謝し敬う心を表し祈ることにより神の御稜(みい)威(つ)(御神徳)は益々高まります。

最後に参拝者皆様のご発展ご健勝を祈念して社頭の御挨拶とさせていただきます。